映画・テレビ

2013年9月 6日 (金)

つないだ手と手

気配がすっかり秋。

家のどこかに鈴虫やコオロギを飼っているらしく、夜になるとどこからともなく声が響きます。

同時に外からも大合唱が聞こえます。キレイな声。

夏休みの反動なのか、完全に仕事モードで、子供会の役員会と学校の保護者会をすっかりうっかり忘れてしまいました。あーあ。

でもそれなのに「風立ちぬ」は忘れず観に行ったのです(笑)。

不覚にも号泣してしまって、映画館から出るのがちょっと恥ずかしかった。

人から聞いていたのと少し違っていました。

難しくなんてなかったし、戦争の映画でもなかったし、岸田さんの言葉を借りるならば、やはり愛と情熱の物語でした。

もちろん時代背景から伝えたいこと、込められたメッセージとかは色々あったのだと思いますが。

私は純粋に、愛を感じました。

二人が手を繋ぐシーンがあるのですが、そこから伝わる愛しさと切なさが何というかこう・・・。

あんな風に描写するなんて、宮崎さんはスゴイな。

006こう思いました。

男の人は、空や海。つかみ切れない空間で必死に情熱を傾けながら形のないものを形にする。その足元は常に不安定だったとしても可能性は限りない。

そして、女性とは山であり、大地なのだと。支え、受け止め、帰る場所になるのだと。深く強さを秘めている。

性別で括るのは少し端的過ぎるかもしれませんが。

人と人には、そんな役割があるのでしょう。

そんなことを感じながら、私もまた映画のように美しく、真っ直ぐ生きて行こうと思いました。

そして、ユーミンの「ひこうき雲」はもうこの曲しかあり得ない程しっくり来ていた。

歌詞と映画の内容の一致に必然性を感じて、このタイミングで観られて本当に良かったと思いました。

おわり。

2012年4月12日 (木)

幸せの経済学

003二週間ほど前に、青梅ブンブンの会さん主催のイベントでこの映画を見てきました。

映画の前には、物々交換や地元の方のフード販売、震災地復興支援活動なども。

世は、今まで集めたポケモンカードなどを整理して箱に入れて出品。

代わりにキャップやミニ消しゴム、ミニ色鉛筆などを貰って帰りました。

楽しいし、すごく良いことしてる気分でした。

物々交換。昔の人みたいで、お金に縛られてなくて、もっと大規模でやりたいな、なんて思いました。

これいくらかな?って値札を見なくていい、あといくら持ってるっけ?とお財布の中身を気にしないで済む開放感。

マネーフリー。タダ、ってことじゃなくて、心がお金に支配されてない感じでした。

前日、これは誰の元に行くかな、なんて考えながら品物をきれいにして、説明のタグを付けて。

楽しかった。

001会場となった青梅織物会館は、とても古い建物で前から入ってみたいな~と思ってた所。

レトロで素敵でした。大雨だったので、外観の写真撮れず。

すぐお隣には、様々な作家さんの工房が集まったさくらファクトリーがあります。

こちらも素敵なんだな。

目の前は以前紹介した繭蔵さんです。

さて映画の感想。

良かったです。そしてグッと集中しないと難しく感じる部分もあり、授業を受けるみたいな気持ちで観ました。

ラダックという小さな国で、それまでみんなが幸せだと思って暮らしていたのに、西洋文化が入ってきて知らなかったものを知って、さてその後どうなるか。

若者が、自分たちの民族を欧米人より劣っていると感じ始める。

かっこいい、素敵、美しい、美味しい、楽しい、便利、早い。

それらの言葉が私たちの人生にどう作用するか。

経済成長、経済成長、呪文のように唱えるリーダー。その人の下で、私たちは幸せになれるのか?

この映画でのキーワードは、GHN(国民総幸福量)とローカリ(ライ)ゼーション=地域化です。対義語としてグローバリゼーション。

どちらも、この先とても大切な意味をなす言葉だと思いました。

興味を持って、意識して、実行しているような生き方にしたいです。

一人一人が、家族だったり、隣近所だったり、住む街だったり、なるべく小さな規模でしっかりと繋がって、その中で充実感、安心感、そういったものを高めて行ければな、と。

すぐ側の人と、しっかり繋がる。

そしたら、遠くの誰かを、遠くの国を支配しようなんて、その資源を利用しようだなんて、大それたことは考えなくて済むのになぁ・・・。

今あるもので何とかしましょう!って気持ち、結構大きなパワーを生むと思うんですが。

2010年2月24日 (水)

大草原の小さな家

Photo_2子供の頃に大好きだった番組。

このオープニングシーンを観ると、懐かしくて泣きそうになります。

本も大好きで、少女の頃、全シリーズ何度も読みました。

元々母が大好きで観ていて、一緒にその世界に浸りました。

私の中にうっすらと残っている記憶では、それを観ていたのは土曜の昼下がりでした。

テレビの横の窓のカーテンが風でフワッと揺れた光景が今も浮かびます。

あまり裕福ではない少女時代で、両親はしょっちゅうケンカばかりしていましたが、私は”家族”というものが大好きでした。

大草原の小さな家は、単なる”理想”だ、という意見もあって然りでしょう。

でも少女の頃、私の中で自分の現実と大草原の小さな家は確実に重なっていたし、何かこう上手く言えないんですけど、ホンワカ幸せでした。

父さんが灰皿を投げて、食器棚のガラスが割れて、母さんは全く怯まず怒鳴り返し、私と弟がワンワン泣いて・・・なんて悲惨な光景もはっきり覚えていますが(笑)、翌朝早起きして掃除機を掛けていたのは父さんで、やれやれ・・・と思いながらも、子供の頃の私にはあまり悲観的な所は無く、いつも色んな空想と旅に出て、夢見がちな少女でした。

友達と野原でピンクレディーを踊り、カセットテープに聖子ちゃんの歌を吹き込み、アパートの前の金木犀林でかくれんぼをする、楽しい昭和の子。

大草原の小さな家は、私にとっての理想とか憧れだから大好きだった訳ではなく、私は自分の両親の中にも、チャールズとキャロラインを感じていたのかも知れません。

何故なら、私の父さん母さんには嘘がありませんでした。

本気でぶつかって、憎んだり、求めすぎたりしながら、でも結局愛し合ってるんだな・・・というのが子供心に分かっていたような気がします。

だから、私はやはり自分が築く家庭にも、嘘が無いのがイイナ、と思ってます。

言わない事とか、距離とか、そんなんは適当にあって良いと思うのですが、根底で裏切って無いというか、信頼というものが積み重なって深くなったら、と。

父さんはチャールズにはどっこも似てないし(笑)、母さんもキャロラインには更に似てませんが(大笑)、温かいものは教えてもらったな、と感謝しております。

014 009_2

と言うわけで、世チャールズと世キャロラインをheart これは3歳くらいの時。

大草原の小さな家は、私の現実、ってことで(笑)

本日、世の幼稚園で”ありがとうの会”という謝恩会のような催しがありました。

子供達の成長、ずっと見守って下さった先生や職員の方々、そして家族、どれもみんな素敵だな・・・としみじみ。

会場が”愛一色”になっておりました。

世は「いつまでもともだち」という劇で、やきもちを妬いてお友達に意地悪をするサル軍団の役。

腕をフリフリ、腰をフリフリ、上手く踊ってました。

あの踊りがすごい可笑しくて、家に帰って来てからも何回か踊ってもらった。

舞台に居る我が子って、ハラハラドキドキするけど、もう観てるしかないし、何も言えないし、でもその頑張りが胸にグッと来て、存在を大きく感じたりする。

親子って、こんな距離感が大事かもな。