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2010年1月 8日 (金)

もものお葬式

今回の記事は、ももの遺体やお骨の写真をたくさん載せています。苦手な方はごめんなさい。

1月6日午後3時から、茅ヶ崎の白峰寺さんでもものお葬式をしました。

世と、まー君と、お世話になった未未子さんと、私の4人で、静かにももを見送りました。

当日、遺体を前に朝から落ち着かず、朝食出来てるのに食べなかったり、本当に世とふたりで挙動不審でした・・・。

そんな私達をよそに、ももはとても美しく、静かに眠っていました。

017_2 こんなにキレイだから、ももは幸せだった、満足して逝ってくれたんだ、と何度も自分自身に言い聞かせました。

後悔の念が拭えないのです。

大晦日にシャンプーをしたから辛かったんだ・・・。

青梅への長旅が堪えたんだ・・・。

もっと美味しいものを食べたかったかな・・・。

もっと海に連れて行ってあげたかったな・・・。

最初から家の中で飼ってあげれば良かった・・・。

腹が立って頭を叩いてしまった・・・。

ぐるぐるとしてしまった事、出来なかった事が駆け巡ります。

それは終わりが無いのかも知れません。

介護をしながら、”私は絶対後悔しない。毎日頑張ってる”そう自負していたんです。

でも、浅はかでした。

ももの事だけではなく、人生全てにおいて、”これで良し”なんて状態には、きっと一生到達出来ないのかも知れません。

もっと出来る、まだ先がある、そう思いながら前に進むのでしょう。

でも、死んでしまったももにはもうやり直しが効かない。だから、辛い。

ももは遠慮がちな、人に求めない子だったので、満足して逝ったのではなくて、迷惑を掛けないよう、自分で引き際を選んだような気がしてならないのです。

”あ、お正月はお母ちゃん暇そうだな・・・。”

”そろそろ迷惑掛けないようにさよならしなくっちゃ・・・”

そんな風な最後だったような気がするのです。

死の10日前に流した涙は、もうすぐ逝くからね(でもホントはまだ逝きたくないけど)っていう、ももの遠慮がちな優しさのようで、それだけが辛くて辛くてたまらないのです。

もも、言っとくけどね、お母ちゃんは「大変、大変」って言ったって、それは全然大丈夫な大変だったんだからね。

もものお世話なんて、一生やったって良かったんだからね。

迷惑掛けてたなんて、絶対、絶対思わないで。

それは、生きてるときに言わなかったっけか・・・。どうだったかなぁ・・・。ゴメン、もも。

あなたが私にもたれかかる重みとか、家の中に存在するその気配、それだけでもどうしようもないくらい愛しくて、私と世は愛に包まれたんだ。

032_2 家でのももと最後のお別れ。

何度も何度もキスをした。

冷たい手をずっと握って温めた。

生き返れ。心を込めた。

勝手な願いだけど、”生き返って”

でもやっぱり、冷たい・・・。

頂いたお花にいっぱい囲まれて、お手紙や絵も添えて、大好きだったチーズ、クッキー、ビーフジャーキー、チーズも一緒に。

そして、いつもの習慣で世が残してしまったパンの耳も。

013_5_2 ももはもう食べられないのに、お葬式の当日の朝も、世はいつも通りももにパンの耳をとっておいて。

世の残した耳をいつも嬉しそうにハフハフ言って食べてたもも。

玉子サンドとかでマヨネーズがちょっとついてるとラッキー、ってこともあったね・・・。

諦め切れないまま車に乗せて、お寺さんに到着。

受付の後、火葬場でお坊さんがお経を上げて下さって、少しももとのお別れの時間をとって頂く。

すぐ側に熱気を感じて、もし中で生き返って気が付いたらどうしよう・・・と何度も思って胸が張り裂けそうだった。

焼かれる、というのは痛くないのだろうか・・・。

痛くないに決まってるのに、要らぬ心配ばかりする。

世は、もう吹っ切れたようで、元気に走り回って、池の鯉やカルガモを眺めていました。

すっきりとお別れが出来るのは良いことだと思いました。

彼の中にも波があって、急に泣き出したりしますが、どうか世が良い思い出と感謝だけを胸にこの先ももの魂と寄り添って行けますように。強くそう願います。

待合室にて1時間半程待って呼ばれると、お骨になった小さなももが居ました。

051_7 何だかポカンとしてしまいました。

諦めが付いた一瞬だったのでしょうか。

055_2

このくるんとしたしっぽの骨たち・・・。

骨になっても愛しくて、愛さずには居られないもも。

神秘的だなぁ・・・。

動物愛護協会の職員の方が、丁寧に丁寧に一つずつ説明してくださって、手足、アバラ、背骨、しっぽ、そして頭蓋骨、最後に喉仏、と骨壷に入れて行きました。

よくがんばった・・・。ホントに18年もよく生きてくれた。

私達との時間は5年半だったけど、その前からずっとずっとももの人生を見てきた私達姉弟には、とても強い思い入れがあったりもします。

もも、長い長い一生だったね。とても感動的な一生だった。

ももが私の側に居てくれた5年半は、実は私にとって人生で一番辛い時でした。

泣きながら、ももに悩みを聞いてもらったことが何度もあります。

ももはいつも黙って、キョトンとしていましたが、お母ちゃんは元気が出ました。

ありがとう、もも。ももは、すごいなぁ。

してもらうばっかりで、本当に申し訳なく思ってます。

だからこそお母ちゃんは、ももを見習って生きようと思う。

抱っこできなくても、キスできなくても、深い深いところで、いつもももを感じていたいと思っているよ。

もも、今どこに居る?

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コメント

どんな別れ方であっても後悔するに決まってるものなんだよ。
私も同じように、実は8年たった今も自分が幸せであればあるほど親への後悔の気持ちがわきあがってきます。
でもね、もし親がもう一度戻ってきても
きっと私は今感じている「あーしてあげれば良かった」と思ったことをやってはあげないと思うんだ。
私の場合、この後悔の気持ちは今やってあげるべき相手がいないのがわかってて感じる気持ちなんだなーと。

今はどっぷりと悲しんでいっぱい後悔して。
49日後に旅立つももさんが、それまでにRYOKOさんの心を
浄化していってくれるはずです。


悲しみに波がある・・私も同感!です。

今日、健診からの帰りにふと「そうだった、この道を
ももちゃんとお散歩してたんだ」と思い出して
とっても切なくなりました。

でもね、お散歩してた時のももちゃんは毎日を悔いの無いように生きてるって感じがしてたのよ~
だから、5年半でもやりたいことを全部やってやり尽くして旅立ったんじゃないかなと思います。

ねーさん

そうですか・・・。8年経ってもですか・・・。
目の前にある事を100%やりきる、って本当に難しい事なんですね。
自分のしてきた事を肯定したいのに、イヤイヤ、全然ダメだったでしょ・・・と後ろ向きになることに浸かっています。
こうやって、イジイジ、ネチネチしてて、一体いつ前を向き直せるのか先が見えませんが、全部ひっくるめて抱えて生きていこうと思います。
ねーさん、またゆっくり話を聞かせて下さい。

未未子さん

世と私以外に、こんなにももの事を知っていて、思い出してくれる人が居るという事は、私にとって本当に救いです。
お散歩しながら、ももとたくさん話をして下さってありがとうございます。未未子さんの眼差しが、本当に温かいのが伝わります。
元気、元気、と思っていたのに、どんどん悲しみに落ちていったりします。
しばらくは身を持ち直す事に専念して、また縁のあるワンちゃんを救えるかも知れないので、色々考えてみます。

後悔なんてしなくていいよ?
Ryokoさんは、しっかり向き合ってたよ。

私もお世話してたいきもの達が亡くなった後は、「ああしてあげれば…」って思う事がいっぱいあったりするけど。

ももちゃんは幸せだったと思うんだ。
数回しか会った事はないけれど、とても穏やかな顔してたから…
寝たきりになってた時も、毛艶が良かったし(笑)
ストレスあったら、あんなつやつやしてないよ。

私も前に飼ってた犬が亡くなった時、しばらく食事が出来なかったり、ダメージがありましたが…
ももちゃんのためにも、元気なRyokoさんに戻ってね。

もものしっぽはなんて可愛いんだろう。

後悔しない別れなんてきっと無いんでしょうね。でもそんなに自分を責めてるRYOKOさんを見たら、ももは違うよー
嬉しかったよー
ずっと幸せだったよー
大好きだよー
って言ってるんじゃないかなぁ…なんて思ってしまいます。泣いてるRYOKOさんの回りをしっぽ降りながら困った顔でぐるぐるしてそう笑。

変な言い方だけど、きっとこういうことは自分では100%の満足なんて無いから、他の人の言葉を信じてもいいんじゃないかなぁ。

みなさんも言ってるけど、私はRYOKOさんともものほんの少ししか知らないけど、

RYOKOさんはものすごく深い愛情を充分にももに注いだし、ももはものすごく幸せな気持ちで天国に逝ったと思います。

あとね、ももがお正月を選んだのは忙しいRYOKOさんに迷惑かけないように…じゃなくて、最期に思いっきり甘えちゃおう!うふふ、幸せだなぁ…。だったかも(^.^)

p.s.ラッキーのことみんなでワイワイ言ってごめんなさい。どうか変なプレッシャーになっていませんように(T_T)ゴメンナサイ。

ゆうさん

後悔・・・それは、確かにももにとってはあまり良くない事なのかも知れないねぇ。
でも、運転中、幸せそうに歩くワンちゃんを見ると、私はももとの散歩を義務感だけで行ってなかったけか・・・。なんて、5年半の月日を遡って自己採点してしまいます。
ももには、ありがとうとごめんねが同じくらい。
でも、大好きなんだということだけ、胸を張って言おうかな。
早く元気出るようがんばる。

よしさん

皆さん「良くやったよ」と温かい言葉を掛けて下さって、それはもう本当に胸に沁みます。
でも、いつもどこかでこの位でイイや、と思いながら世話をしていた自分が居たことも事実で、それを死んでしまってからイヤと言うほど思い知らされるのです。
あんなに大好きだったのに、適当だった自分が悔しい。
だからまた会って、もうちょっと付け足しさせて欲しいです。

ラッキーのこと、大丈夫です(笑)
未だにぐるぐる頭の中を駆け巡りますが、自分なりに結論出ました。
また近々ラッキーのこと書きたいと思いますdog
よしさん、会ったことの無いももを、色々と思って下さってありがとうございます。
今年よしさんに、かわいい、かわいい縁のある猫ちゃんとの出会いがありますようにcat

こんばんは。初めてコメントします。昨日は幼稚園で実際に顔を見てお話できてよかったです。
昨日色々話しましたが、今考えてみると、ももちゃんが家族みんなが揃っている日に旅立っていったのは「みんなに迷惑をかけないように」ではなく、ももちゃんの「最後のわがまま、お願い」だったような気がしています。みんなの愛に包まれて旅立てていけたももちゃんは幸せだったのではないかな。って思います。

勝手なことばかり書いてごめんなさい。Ryokoさんが一日でも早く元気になれますように。

ナツさん

昨日は、涙ながらに話をして下さって本当にありがとうございます。
虹の橋、見つけて読みました。
そうだな、本当にそうなんだよな・・・、と。
ももは橋のふもとで元気にお友達と遊びながら私達がいつか来るのを待っててくれるのでしょう。
そんな日は、必ずやってくるのでしょう。
でもまだちょっと、思い出しては泣いてしまうけれど、もものためにも元気出そうと思います。
ナツさん、色々ありがとうございました。

ももちゃん、最後に会ったのはいつだったかしら?子供たちにもみくしゃにされても、絶対に手を出さない賢い良い子だったよね。

Ryokoさんの中では、いろいろな気持ちが交錯してるのだろうけど、やっぱりももちゃんは幸せだったと思う。絶対に!!
Ryokoさん、大変だったよね。でも頑張ったんだね。ももちゃんとの日々は、幸せだったんだよね。拍手を送りたいです、Ryokoさんに。

sawakoさん

コメント、ありがとね。
sawakoさんがももに最後に会ったのはきっと、まだ足腰も立っていて、外に居た頃かもしれないね。
それよりも、以前の家で子供たちがまだ幼かった頃に遊んでいた時の思い出の方が多いかな・・・。
子供は無防備だから、バンバン叩いたり(撫でているつもりだよね)、水をひっくり返したり、それはそれは賑やかで、人との触れ合いが少なかったももにとっては嬉しい事だったんじゃないかな・・・と勝手に思っています。
懐かしいね・・・。
ももとの日々はホントに幸せの一言に尽きます。
拍手をありがとsweat02

ももちゃん、天寿をまっとうしたのね。
今頃は自由で身軽な身体でそばにいるかもね。
もっと丁寧に介護してあげればよかった…とか
眠りを妨げられて「も~…」なんて思ったことを
私も悲しい気持ちで思い出したりしますが、
年月がたって「いってしまった悲しさ」よりも
「出会えて家族になれた嬉しさ」の方が
いつの間にか大きくなっていきました。
前世に縁があって、きっとまた会えた。
そしてまたいつかどこかで…という気持ちとともに。
きっとまた何かの形で再会できると思うよ!
それからすべては完璧な段取りで進んでいる、
悲しい別れもスピリチュアルの観点を知っている今ではすこしは気持ちが和らぐかな…。

kyokoさん

コメントありがとう。
kyokoさんも、何年経っても愛犬ちゃんとの思い出を懐かしく語るもんね。
縁の深さを感じたよ。
ペットとして生まれてくる犬は、愛を学び終えて、次は人間に生まれ変わるという説もあるそうです。
同じ動物でも、ペットはまた段階が違うそう。
そして、あの世とこの世を自由に行き来できるとも。
色んな事を知るにつれて、どんどん気持ちが軽くなって行きます。
こんな寒い日は「もも、地上に居るより天国の方が快適だろうね」なんて世と話してます。
出逢えた喜び、それをたくさん感じたいなぁ。

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